質問を頂いたので、すごく真面目に考えてみました。
ヨガの哲学を少し学び始めた時が1番混乱すると思います。
アートマン、ブラフマン、輪廻、突然宗教っぽい言葉が出てきて、
うまく咀嚼できないし、それを人に勧めても良いの?
そんな疑問に答え答えてみたいと思います。
【結論から言います】勧めるだけなら、全く理解してなくて大丈夫。でも、経験は必要です。
※私個人の見解です。
昨今のヨガ事情を見ると、ほとんどのヨガスタジオやサークル、スポーツジムでのクラスは宗教的要素を取り除いて、エクササイズ的なクラスがほとんどですね。
「ヨガの先生!」を名乗るためには、ある程度の座学が理解出来ていた方が良いと思いますが、受ける側にはヨガの思想を強制する必要はないと思っています。
その理由を書きますね。
自分が相手にヨガを勧めたい理由を考えよう!
人にヨガを勧めたいと思ったのならば、どうしてそう思ったのか考えましょう。
- 自分がヨガをやってみて良かったから
- 身体の不調を訴えている人がいるから
- 重たいストレスを抱えた人がいるから
- 自分が楽しいことを共有したい
- 自分の知識を話したい
人に勧める前に、少し考えてみると良いかもしれません。
それぞれ少し細かく見てみましょう。
自分がヨガをやってみて良かったから
⇒素晴らしいので、どんどん進めましょう(^O^)/
ただし、自分にとって効果のあったものが万人に良いとは限りません。
あなたに出来ることは、キッカケを作ってあげることだけです。
相手が、ヨガによって変化するかどうかは、相手次第ということは理解しましょう。
人にヨガを勧める時に大切なことは、自分自身が経験できたかどうかです。
ヨガを始めてから、モヤモヤしていることがあるのに「ヨガは絶対に良いものだ!」と自分に言い聞かせて布教活動をする必要はありませんよ。
相手にとって有益な情報は、それが真実かどうかです、
あなたにとってヨガは良いものだったという真実こそが、相手にとって最も有益な情報です。
身体の不調を訴えている人がいるから
現在はヨガテラピーなどがとても研究されているので、総合的に見てヨガが健康に良いことに間違えはないと思います。
しかし、ヨガは多少難しいポーズをすることもあるので、一部のヨガクラスでは、生徒さんが逆に怪我をしてしまうことがあるのも事実です。
友人に「一緒にやろうよ!」と軽く誘うのは全く問題がありませんが、
すでに体調不良の人に強くお勧めするのは、少し考えた方が良いかもしれません。
人によっては、合わないこともあります。
初心者向けのゆったりクラスならリスクが少ないですが、出来れば自分で体験して本当に良かったと思えるクラスを見つけてからお勧めするのがベストかと思います。
(そういう私は、かなり勧めてしまいます。)
重たいストレスを抱えた人がいるから
私自身は、ヨガは精神的にとても良いと思っていますし、沢山の研究が証明してくれています。
しかし、自分自身が精神的な改善を体験していないのに見切り発車で周りに勧めるのは、ネットの情報をうのみにして人に押し付けているのと同じです。
(言い方がキツくてすみません。)
ヨガがどうして精神に良いのか、様々な方法で説明されています。
しかし、精神的な問題は、理屈で解決できるものではなく、安易に立ち入らない方が良いと思っています。
例えば、サントーシャ(知足)は、ヨガ哲学の入門で必ず習います。
「今のままで、あなたは充分に満たされているから、不安にならなくて大丈夫!」
という教えですが、「私はなんて惨めなのだろう…。」と深く自信を失っている人に急に上の言葉をかけても、ありがた迷惑なだけではないでしょうか。
ヨガの体験をして、自分自身の内側に目を向けて、初めて実感を帯びたヨガの哲学が実現します。
ヨガは体験する哲学。
精神的に癒されるかどうかは、相手の経験によって違います。
良いものだと思っていても、思想を押し付けるのは避けた方が良いでしょう。
だけど、この人は、絶対にヨガをやった方が楽になれるだろうな、
と思うこともありますよね。
そんな時は、
「ヨガをやったら頭がスッキリするよ!」
と、経験を感覚的に話してあげるのが良いかなと思っています。
相手にとって必要な情報は、じっさいにあなたがヨガで癒されたかどうかです。
知識ではなくて、体験を話してあげると良いでしょう。
自分が楽しいことを共有したい
⇒存分に共有しましょう!
私の経験ですが、ヨガで知り合った友達は本当に宝物。
深い経験を共有した友人も多く、何年も会えなくても深く繋がっている気がします。
同じことを楽しいと思える友人は貴重なので、一緒に行ってくれる人はどんどん誘って良いと思います。
自分の知識を話したい
これは、私自身への注意書きも込めています。(笑)
特にヨガ哲学を学び始めた頃は、
「本来のヨガはこうだ!!!」
と知識の押し売りをしていたかも…と思うと怖ろしい。
基本的に、現代社会は情報にあふれています。
あなたが無理に話さなくても、相手は興味あることを勝手に学べることを理解しましょう。
相手にとってヨガが必要であるならば、相手から聞いてくれると思います。
「私はヨガをやって、楽になったよ!」という経験は、相手にとっても素晴らしい情報ですが、
「ヨガスートラのヤマで書かれているのは…」
なんて話は、興味のない人には苦痛でしかありません。
人に知識を教える時は、相手から求められたときだけにしておきましょう。
かえって相手がヨガに取っつきにくさを感じてしまうかも。
(強めに書いたのは、自分への戒めも込めて)
ヨガの宇宙観に納得できていなくても良いの?
ヤマ、ニヤマは分かるけど…
アートマン、ブラフマン?輪廻?カルマ?
怪しい。。。宗教っぽい。
そうなのです。ヨガの哲学の土台になっているのはヴェーダと呼ばれる古代哲学で、ヒンドゥー教の土台と同じです。
この辺りの話しは、好き嫌いがあるのですが、歴史的事実として、ヨガは宗教と密接に関わってきました。
自分がその辺りを納得しきれていないのに、人に勧めて良いのでしょうか?
相手にとって、どうして有益かが分かれば問題ありません
もう一度、どうして人にヨガを勧めたいと思ったのかを考えてみましょう。
「自分がやってみて、体調の改善があったから。」
「ヨガをやり始めてから、クヨクヨ悩みにくくなったから。」
「先生や他の生徒さんと過ごす時間が楽しくて、共有したい。」
それならば、全く問題がないのではないでしょうか?
生徒がヨガクラスを受ける目的が上記のような理由で、哲学的な知識を必要としていない場合、ヨガの歴史的背景や根本的な宇宙思想を理解する必要はないと思います。
じっさい、日本で行われているヨガクラスの9割以上は、宗教観をクラスで説明しないと思いますし、多少哲学っぽい話をしても、生徒に思想を押し付けることは少ないと思います。
ヨガの哲学は、求める人は自ら学びます
しかし、ヨガのアーサナは、ヨガ的な意識づけを行いながら実践するので、(外見よりも、内側の感覚に意識を向けるなど)
ヨガには思想的な背景があることは、アーサナのクラスを受けているだけでも感じることが出来るでしょう。
それを、自然に聞き流している人もいれば、気になって「詳しく知りたい」と思う人も必ずいます。
ヨガを勧める段階ではそこまで話さなくても、質問を受けることもありますよね。
理解できていない部分は、正直に言って問題ありません。
ヨガは宗教と違い自由に選択できるものです。
ヨガのは好きだけど、輪廻転生は分からない。そう思うのも自由です。
とは言っても、ヨガの先生ならば最低限は知っておきたい
しかし、人に教える立場であれば、やはり最低限の知識を得る努力をした方が良いでしょう。
知識とは、プルシャから宇宙が出来上がった仕組みではありません。
どうして、私たちがヨガの練習をして、それによって人生が改善するのかです。
例えば8支則。
名前を暗記することが重要なわけではありませんが、8支則を知らないでアーサナを行うのは危険です。
「アヒムサ」を無視してアーサナをすれば、多少の痛みを無視して練習して怪我をするでしょう。
「サントーシャ」を無視すれば、柔軟な他人のアーサナに嫉妬をします。
ヨガの思想、哲学は全て実践のためにあります。
知識のない実践は、エクササイズと違いがありません。
カルマヨガも、ウンチクに聞こえてしまうかもしれませんが、理解するとヨガの実践や、日常生活での指針となります。
日本では哲学のクラスが少ないことは事実ですが、
あなたが伝える立場であれば、知識を常に学ぶ努力をお勧めします。
まとめ
ヨガに信仰は必須ではない。
だけど、深く実践をしたいのならば、知識があった方が良いと思っています。
ちょっとリラックスでヨガをする程度ならば、理論的な知識がなくても効果は充分にあるでしょう。
しかし、深く学びたい場合、宗教的な思想の背景があることを受け入れないと、どこかで矛盾が生じます。
知識を知って、どこまで信じるかは個人の自由です。
宗教が怖いのは知らないからです。「知ること」と「洗脳されること」は違います。
しっかり勉強して、自分で判断できるようになれば怖くないと思うのが私の個人的な考えです。
***初めての哲学にぜひ!***
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