2日間のギータ―(atグルガオン)講座を終えて

yoga

インド・グルガオン(グルグラム)のヨガスタジオ VYOM Wellnessで2日間のバガヴァッドギータ講座を行いました。

10/17,18「バガヴァッド・ギータを読み解こう」
10月17日(木)18日(金)13:00〜15:00×2日(4時間) 座学「バガヴァッドギータを読み解こう」<ワークショップ内容・詳細>バガヴァット=神 ギーター=詩(うた)という意味を持つ『バガヴァッド・ギーター』ヒンドゥー教の聖典の一つ古代の叙事詩でもある『マハ ーバーラタ』第6巻の一部を構成するものであり、紀元

私からお話するような内容は、普段ヨガジェネさんで書いている内容とほとんど同じなのですが、生徒さんたちの言葉から学ぶことがすごく多かったです。

忘れないように書き留めておきたいと思います。

思い出しながらなので、説明足らずで読みにくいのは申し訳ありません。

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選択の権利を与えられた私たちのカルマとは?

インドでは伝統的にカースト(職業階級)があるので、自身の義務(ダルマ)を与えられている。
だけど、自分で選択しないといけない私たちのダルマとは?

こちらはギーターの話をすると毎回聞かれるテーマです。

「自身に与えられたダルマ(義務)を遂行しましょう」というギーターの教えがありますが、日本に生まれた私たちにとっては何が義務(ダルマ)かを知ることが難しい。

何を行うかを選択する権利が与えられた私たちのダルマとは?

私個人の考えですが、選択することが私たちに与えられたダルマだと思っています。

例えば教育を例に与えて考えると、

  1. 幼少期には基礎(文字の書き方、言葉の話し方)を学ぶ
  2. 義務教育では決められた科目を学ぶ
  3. 高校・大学では、自身で選択した科目の与えられた内容を学ぶ
  4. 社会人になると、自身で何を学ぶかを選択する

その人の段階によって、100%決められた課題を勉強するか、部分的に選択するか、完全に自分自身で選択しないか、と、変わってきます。

私たちは前世のカルマによって、今世の生まれてくる環境が変わってくると言われていますが、その人によって、今世での義務が分かりやすく提示されている人もいますし、「自分で考えなさいね」と言われている人もいるのだと思います。

「何をしたらいいのか分からない。」

という悩みを持っている人は沢山いると思いますが、義務が分かりやすく提示されなかった人にとっては、それを考えること自体がダルマです。

ヨガは、生きること全てが課題なのだな、と改めて考えました。

講座の風景

魂(真我)は磨けるもの?

インド思想の土台がない人にとっては分かりにくいのだな、とハッとさせられた質問です。

「本当の自分を探しましょう」とヨガでは頻繁に言います。

また、ヨガは自分自身を高めるアプローチであり、自分磨きでもあります。

そのため、「ヨガで真我が磨ける」と考えていた生徒さんがいらっしゃいました。

しかし、磨いているのは、プラクリティ(物質原理)によって作り出された物質的な自分です。それは、肉体であったり、心であったりします。

しかし、真我、魂の部分はヨガの実践によって磨かれることはありません。

真我は、ずっと完全なる純粋さを保っていて、一切汚されていません。

輪廻転生があったとしても、変わっているのんは真我が来ている衣服の部分(身体)のみです。服が変わっても、それを着ている自分自身は変わっていません。

どれだけ煩悩に囚われていたとしても、自分の内側に宿っているプルシャは常に美しい。何も足さなくても、幸せは既に存在している。

それを理解できると、自身をもっと大切にしてあげられる気がします。

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