心と感情から解放されるサーンキャ哲学

yoga

先日ヨガジェネレーションさんでサーンキャ哲学についてまとめました。

サーンキャ哲学とは?簡単解説、瞑想を理論的に深めよう! | ヨガジェネレーション yogageneration
今回は【サーンキャ哲学】について紹介していきたいと思います。ヨガスートラの中で書かれた八支則の実践は、心をコントロールして最後にはその働きを完全に静止させるための実践です。ヨガで心を静止することにより出会える、“自分自身が何か”を説明した哲学が【サーンキャ哲学】です。

ほんの4000文字以下の記事で一つの哲学全体を書くのはなかなか無謀な挑戦だな…と思いましたが、本当はとってもシンプルな哲学です。

私たちは、自分の心や感情から解放される事で楽になります。私がサーンキャ哲学で最も大切だと思う部分について書きたいと思います。

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心は自分自身ではない

先日の記事でも書きましたが、自分自身が「自分」と思っているもののほとんどは、自分の本質ではありません。

私の心も私でない。ヨガ哲学の説く「本当の自分」とは?
「自分」とは何かを考えたことがありますか? ヨガとは、本当の自分を知るためのメソッドでもあります。 哲学は難しいと思ってしまうかもしれませんが、自分自身を知ることで、自分自身がコントロールしやすくなって、生きることがとても楽になり...
  • 役職: お母さん、お父さん、先生、生徒、先輩、後輩etc… 社会との関りによって与えられたもの。
  • 名前: 両親によって与えられたもの、これも個人の本質ではない。
  • 身体: 魂に与えられたお寺のようなもの。一部を失ったり、コントロールできなくこともある。
  • 心: 自分で自分をコントロールしているように見えても、実際は思ったように働いてくれない。心も外の世界との関りによって左右される物質の一つ。

心も自分自身ではないというのは、ヨガ哲学にとって中心的な教えです。

ヨガの実践は、「心」への執着を手放して自分の本質を知るメソッドです。

それでは私たちの本質とは何でしょうか?

それがヨガ哲学やサーンキャ哲学で「プルシャ」と呼ばれる真の自分です。

真の自分プルシャと物質原理プラクリティの作り出した「心」

プルシャ(真我)とは、私たちの本質の魂、もしくは霊性です。

プルシャはとても純粋で光を放ち、穏やかで静かな至福の状態を保っています。

私たちの本質であるプルシャは、完全に満たされた状態であり、それ自体には思考能力はありません。なにも生み出すこともしません。ただ、存在しているだけで美しい存在です。

では、私たちは、どうして「心」を持った物質的な人間として生まれたのでしょうか。

プルシャとプラクリティの出会い

この宇宙には、プルシャとは別にプラクリティという物質原理が存在します。

プルシャが純粋な霊性なのに対して、プラクリティは物質世界の全てを作り出すための原子のようなものです。

プラクリティは三つの要素の集合体です。

  • サットヴァ: 純質。軽やかで純粋。
  • ラジャス: 激質。激しく活動している状態。刺激。
  • タマス: 鈍質。重たい、鈍い、濁っている状態。

プラクリティは3つの性質(グナ)である、サットヴァ、ラジャス、タマスがバランスを取り合っていて、プラクリティ単体で存在している時には活動をしません。

プルシャもプラクリティも単体では活動をしないのですが、2つが出会ったことで活動が始まります。

プルシャは輝きを放つ存在で、プラクリティを照らしたことで、均衡を保っていた3つのグナ(サットヴァ・ラジャス・タマス)のバランスが崩れて活動が始まります。

まずはサットヴァが優勢になり覚(ブッディ)が生まれます

プルシャの光に照らされたプラクリティは、最初にサットヴァの性質が優勢になります。

サットヴァが優勢になとブッティ(覚)またはマハット(大)と呼ばれる正しい知見をする思考働きが生まれます。

ブッディは最もシンプルな思考機能の土台になる部分です。

自我(アハンカーラ)から様々な思考が生まれる

その後、ラジャスが活発に働き、タマスの割合が増してくるとアハンカーラ(自我)が生まれます。自分と他人を区別して考える思考の働きです。

さらに、あらゆる思考のパターンが生まれ、心(マナス)を形成します。

自我が生まれたことにより、自分の外の世界との関係性を生むための感覚器官が生まれます。

ブッディ(覚)は宇宙全体の思考原理に限りなく近い状態で、プルシャに近い存在です。

私たちの心は、アハンカーラ(自我)を持ったことで複雑になり、あらゆる苦を生みました。

ブッディ・アハンカーラ・マナスをまとめてチッタと呼ぶ

  • ブッディ(覚):宇宙の思考原理
  • アハンカーラ(自我):自分と他とを分ける思考
  • マナス(心):自我により生まれたあらゆる思考

これらを合わせてチッタ(心・思考)と呼びます

私たちが自分自身だと思っている「心・思考」は、全て物質原理であるプラクリティより生まれたものです。

ヨガは、チッタ(心・思考)の働きを静止するものです。

そのためには、自分の本質が、心の働きには全く惑わされないものだと知る必要があります。

心は常に変化していて、苦しみや悩みを抱えているかもしれません。しかし、どれだけ思考が活発に作用していても、自身の内側には永遠の静けさが常に存在していることを知りましょう。

チッタに惑わされずに心の穏やかさを手に入れる

私たちは、自身の本質とチッタ(心の働き)を分けて考える必要があります。

私たちの抱える苦しみは、心への執着から生まれます。

自分の心を客観視する冷静さを手に入れると、好まぬ事態に遭遇しても、感情的になったり、悲しみや怒りに支配されることがありません。

自身の感情を癖などを知り、自身の心をコントロールする術を学びましょう。

それがヨガの哲学であるサーンキャ哲学の目的です。

自分の心を客観視するトレーニングは、アーサナ(ポーズ)やプラーナヤマ(呼吸)、瞑想の練習によって叶います。

特に瞑想は、プルシャの状態にとても近い体験が出来るため、とても効果が速いです。

自身の心が自ら苦しみを生まないように、サーンキャ哲学の知識はとてもシンプルで役に立つ教えです。

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