【バガヴァッド・ギータ2章】サーンキャ・ヨガ

bhagavad gita

1章では、ただただアルジュナが自身の運命に嘆いていましたが、第2章ではクリシュナがアルジュナに教えを説き始めます。

第2章からが、ギータの本質であるクリシュナの教えです。

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箇条書きで2章のまとめ

  • 嘆くべきでなことに嘆いてはいけない
  • サーンキャ(知識):肉体は生まれて死ぬけれど、アートマンは不滅
  • ヨガ(実践):結果に囚われずに行為に専念しなさい
  • 智慧を確立した人とは、感覚を制御してアートマンにのみ満足する人
  • その人はブラフマンの境地(寂静・平安)に達する

2章で説かれる知識のヨーガ

2章で説明されるのは、この世の本質です。ギータの中でサーンキャとゆう言葉を使うとき、それは知識のヨーガを指し示しています。2章では全体で説かれる教えのエッセンスを端的に説明してくれています。

デーヒン(真実の自己)とは。

真実の自己(デーヒン)はアートマンのことです。身体を得て、一生を過ごし、老い、次の身体を手に入れます。真実の自己がこの世の物資と接触する時に苦しみが生まれます。

彼(真実の自己)は決して生まれず、死ぬことも無い。

バガヴァッド・ギータ2章20節


また、肉体にとっての死は必定のものだから、嘆くべきことではないと言います。

生まれた物に死は必定であり、死んだものにとって生は必定であるから。それ故、不可避のことがらについて、あなたは嘆くべきではない。

バガヴァッド・ギータ2章27節


死は嘆くべきことではないと説明した上で、アルジュナにとってのダルマ(正しい義務)は戦争を行うことだと説きます。本来行うべき義務を怠り、殺されてしまえば、その不名誉は死よりも劣る悪行です。

そして、クリシュナはヨーガ(実践)について説明を始めます。ここでは行為のヨガ(カルマヨガ)について説明します。

私達にとって大切なことは行為(カルマ)であり、その結果ではありません。 行為のヨガ(カルマヨガ)における真理を説明します。

成功と不成功を同一のものとみて、ヨーガに立脚して行為をせよ。ヨーガは平等の境地として知られる。

バガヴァッド・ギータ2章48節


結果に執着せず、愛執、恐怖、怒りを捨てて行為を行うもの知恵は確立し、三昧(サマディ)に住みます。三昧について不動となる時、ヨーガに達すると説明します。

ここで、人間の心理についても説明した有名な文章が書かれています。

人が感覚の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生じる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生じる。

バガヴァッド・ギータ2章62章

怒りから迷走が生じ、迷走から記憶の混乱が生じる。記憶の混乱から知性の損失が生じ、知性の損失から人は破滅する。

バガヴァッド・ギータ2章63章

友達に対する思いを例に挙げます。

  1. 誰かを好きとなる思いから始まります。
  2. 好きな人を自分のもとにしたいとゆう感情が湧き、
  3. その人が思いどうりにならないと怒りの感情が生まれる。
  4. 怒りから感情が迷い、被害妄想などの妄想まで生まれる。
  5. 完全に自分の感情をコントロール出来なくなった時、人は破滅に向かいます。

だから、全ての結果に執着してはいけないと説きます。

良い結果も悪い結果も同一だと知り、欲望が亡くなった時、その人に常寂が訪れます。それがブラフマンの境地です。
人が涅槃に入る時に、この境地にいれば、ブラフマンにおける涅槃にはいります。
永遠の解脱。至福が訪れます。

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