私のバクティヨガ・信じることで成長させてくれた

yoga

現在私は、インドのムンバイで古典音楽の勉強しています。

ヨガのために訪れたインドにいる目的がインド音楽になってから何年もたちますが、気持ち的にはヨガの練習もバンスリ(フルート)の練習も同じです。

バンスリはクリシュナ神の楽器でもあり、ハタヨガのナーダヨガで聞こえる音もバンスリです。

練習自体もヨガと同じだと思っていますが、それ以上に、バンスリを本格的に学び始めてからは音楽の練習をしていてもバクティ・ヨガを強く感じるようになりました。

今回は、本当に個人的な体験について書きます。

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信仰を人に勧めるのは苦手ですが、私自身は信じています

バクティヨガに関しては、以前ブログで書きました。

しかし、宗教的なことや、信仰を勧めるのは苦手。。。

「宗教としてじゃなくてもバクティヨガは実践できるよ!」

という内容になっています。

自分自身も、宗教を勧められると警戒します。

信じるものは自分の直感で決めますが、いったん信じたものに対しては、ものすごく盲目に信じています。

今の私にとっては音楽が宗教です。

盲目になったことで、短い期間で、本当に素晴らしい経験をさせて頂けるようになりました。

私たちにとってのバクティは常にグルジに向けたもの

世界的に本当に有名なグルジですが、私がバンスリを手に取ったときには全く知らなかったのです。(ごめんなさいごめんなさい)

グルジの名前を知ったきっかけは、リシケシのシバナンダ・アシュラムで出会った一人のスワミジ(僧侶)でした。バンスリを演奏するスワミジは、バンスリをグルジから学んでいました。

連日グルジがどれだけ偉大かを話してくれたのですが、まだ聞いたことのなかった当時の私は全く興味がなく。しかし、インドでのグルジ(師)への尊敬の深さに圧倒されました。

リシケシのガンジス川の夕焼け

その後に出会ったデリーのグルジであるHarsh Wardhanhaも、グルジの弟子の一人でした。

その頃も、デリーのグルジのことだけを深く尊敬していたので、今のグルジであるPt. Hariprasad Chaurasiaには興味がなく…。

しかし、グルジが最も尊敬している人だから、素晴らしい人に違いないと、なんとなく思っていました。

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デリーで住み込み弟子をしていた時に1番話を聞いてくれていたのは息子のビシャール(Vishal Wardhan)です。ムンバイに移って3年目の今でも、頻繁に相談に乗ってもらっている、インド生活でもっとも頼りにしている方です。

ビシャールは9年間ムンバイでバンスリを学びました。

誰よりもグルジのことを尊敬して、神様のように話をします。グルジのことを話すときには、いつもうっとりとして、いつも幸せそう。

「練習をする時にはグルジのために。」

が口癖でした。

私たち、グルジの生徒は、常に信仰の対処がグルジです

まるで神様を信仰するように、常にグルジのことを考えています。

私にとって誰よりも人格者であるビシャールが、心の底から尊敬しているグルジは、きっとすごいのだろう。

ムンバイに行く前の私にとってグルジは、インドで大好きな人たちが、口をそろえて尊敬している方。先生たちの偉大な先生。

直接会う前から、すでにグルジでした。

一度、「習ったことないのになんでグルジと呼ぶの?」

と聞かれたことがありますが、先生の先生はやっぱり先生。

グルジは、出会う前からグルジでした。

グルジ80歳の誕生日パーティーにて

グルクルで大切なイベントは年に2回。

グルプルニマ(グルジに感謝する日)とクリシュナ生誕祭(私たちにとってのクリシュナはグルジです)。グルジの誕生日もグルプルニマと同じくらい大切な日です。

全ての練習はグルジのために。グルジへの練習が成果を上げてくれる

「グルジのため」という練習をしていると、普通の練習よりもずっと成果が大きい気がします。

常にグルジに聞いてもらっているつもりで練習するとどうなるのでしょうか。

・音の精度をものすごく気にする。音程の狂いがないか、慎重に聞くようになる。

・途中でスマホを触ったりできない。

・テクニックの練習をしていても、一つづつの音の正確さを気にかける。

・奇抜な技術に走らない。

とにかく、丁寧な練習をするようになります。音のクオリティにとても気を使う用になります。

自分が上手くなって聴衆に聴かせるための練習だと、どうしても興味を引きやすい派手な音になりやすい。

グルジを考えて練習することで、自然と深く音に向き合う良い練習ができます。

そんなグルジがクラスに向かう時に言いました。

「これが自分にとってのプージャ(神への儀式)。」

私たちがグルジに練習を捧げる様に、グルジも祈りとして毎日笛を奏でます。

グルマへの祈り

グルマが亡くなった時に、グルジが話してくれました。

「彼女はどれだけ招待しても、1度もグルクルに来てくれなかった。だけど、今彼女はここにいる。だから自分は一生彼女のためにここで音楽をしなくてはいけない。」

今、グルマの写真はグルクルのクラスルームにあります。

私も、時間が許すとクラスルームに行って練習しますが、その時はグルマに聴いてもらっているつもりで練習をしています。

自宅で練習をする時の100倍くらい集中して練習ができます。

普段から集中を保つことを学ばなくてはいけませんが…

音楽とちゃんと向き合うこと、グルジ(グルマ)への尊敬の思いが、今の私のバクティヨガです。

音楽だけでない。バクティヨガはどこでも出来る

私は、たまたまグルジに出会ったことで、無意識のうちにバクティヨガに専念していました。

ヨガの練習に集中していた時にはどうかというと、シヴァ神を常にイメージしながら練習をしていました。

ヨガスートラの瞑想では、常に一つの対象に心を専念させるのですが、私はシヴァ神かオームの音に意識を留めています。

食事をする時、掃除をする時、仕事をする時も、心に神様がいると、自然と丁寧な生活が出来るようになります。

もしくは、自分自身を信仰の対称として感じることが出来れば、自分に対して本当に丁寧な生き方が出来るようになります。

盲目な宗教には危険があることも事実ですが、本当に信じても大丈夫な対象を見つけることができれば、私はそれも幸せな生き方だと思います。

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